おみこしの窓 〜バンドのあれこれ〜

音楽、バンドに関する様々なアレコレを書いています

どこでもドアなんかなくても僕達はどこにだって行ける

ドラえもん】ブロガー達のブログ小戦争の企画に飛び入り参戦させて頂いた。(意訳:勝手に書いた)

 

たまたま他のブロガーさんの記事で拝見し、興味を持った。「ドラえもん 道具」をキーワードにして記事を書いて、Google検索の1位を目指せ!って言う企画だ。

 

まあ1位になれなくても参加している他のブロガーさんと交流するキッカケにしてよ!なんて意図もあるらしい。なるほど。まさにぼっちブロガーの私にうってつけの企画!私は!この企画で!ブロガー友達を作るのだ!

 

さてさて、どんな記事を書くのが良いだろうか。「ドラえもん 道具」のキーワードが入ってれば後はフリースタイルで投稿して良いそうなので、案自体は色々浮かんでくる。

 

今のところ頭に浮かんでいるのは「大人のドラえもんひみつ道具考えてみた」と「タケコプター付けたら頭皮がめくれた」と言う題材だ。

 

うむ。実に私らしい題材だとは思うのだけれど、いかんせんTPOに沿っていないような気がしている。果たして、「大人のドラえもんひみつ道具」なんて考えている人と仲良くなりたいと思うだろうか??いや、思わない。←謎の倒置法

 

目的を見失ってはいけない。私はブロガー友達を作るためにフランクな人柄である事をアピールしたいのだ。ダーティーな一面は隠さなければならない。

 

なので今回はリラックスして、誰もが知っているであろう「どこでもドア」を題材に話をしてみようと思う。 ドラえもんの中でも1、2を争う有名どころだ。

 

ドラえもんひみつ道具で何が欲しいか?と言う問いかけに対して「どこでもドア」が欲しいと言う人は多くいると思う。気持ちはとてもわかる。通勤は楽になるし、行きたい所に瞬時に行けるし。汎用性の高い便利なアイテムだ。

 

だけれどもし、今後どこでもドアを貰える機会に恵まれたとしても、私はそれを受け取らない様な気がしている。そんな物がなくても、私には親から貰った立派な足があるのだから、行きたい所があればどこにだって自分の力で行く事ができるからだ。

 

どこでもドアは確かに夢のある道具だ。だけれど、あまりにも便利すぎて扱いに困る。行きたい所に何の苦労もなく行けてしまうのは楽しくない。それではグーグルアースで観光地を巡るのと大した差はない。登山もせずにエベレストの山頂から見る景色は美しいか?寒さにも絶えずに眺めるオーロラは美しいか?答えは否だ。

 

この話はどこでもドアに限らず、大半のひみつ道具に当てはまってしまう。桃太郎印のきびだんごで動物が懐いて嬉しいか?暗記パンで苦労せずにテストで良い点が取れて何になるのか?という事だ。

 

何かと結果を求められる昨今では、結果に至るまでのプロセスは軽視されがちになる。ドラえもんひみつ道具も便利過ぎるが故に、結果に至るまでのプロセスを軽視している様に私は感じる。便利過ぎる物は人々からプロセスを楽しむと言う概念自体を奪っていってしまう。そんな人生の一体何が楽しいと言うのだろう。

 

だからこそ、子供達がドラえもんを見て「どこでもドアがあればどこにだって行けるのに」なんて思ってしまうのはとても勿体無い事だと思う。まだ幼い子供達にこそ、どこでもドアなんてなくたってキミはこれからの人生でどこにだって行けるんだし、何にだってなれるんだって事をキチンと教えたい。ドラえもんひみつ道具なんて物はキミたちには必要ないんだ。

 

これを教えるのはきっとドラえもんの役目ではなくて、周囲の大人達が果たすべき役割なのだと私は思う。ドラえもんからは夢を、大人からは無限の可能性を与えられて、子供たちは大きく育って行く。

 

どこにだって行ける。

 

何にだってなれる。

 

その無限の可能性自体が、子供達が持つ唯一無二のひみつ道具なんだ。

 

うん。

 

まあ偉そうにいっておきながらなんだけど、仕事を代わりにやってくれるひみつ道具があれば欲しいと思う。あと有給の理由を考えてくれる道具とか、無闇矢鱈にモテる様になる道具とか、二日酔いを1発で解消してくれる道具とか。ぶっちゃけ欲しい。わーん!ドラえもーん!