おみこしの窓 〜バンドのあれこれ〜

音楽、バンドに関する様々なアレコレを書いています

職場で社会の窓が閉まらなくなると言う人生の転機

初めてブログコンテストに応募することした。
現在、はたらく女性の深呼吸マガジン りっすんとはてなブログが共同し、働き方に関する「わたしの転機」と言うお題でコンテストが開催されている。


仕事の転機と言うと「就職」「異動」「退職」と言った大きな環境の変化が真っ先に浮かぶが、もっと身近な些細な出来事からも転機を感じられるものだと私は思う。丁度つい最近、些細な出来事から真に風通しの良い職場とは何かを見つめ直す機会があったので、今日はその事を記事にした。


キッカケはお手洗いに行った際にズボンのファスナーが壊れ、社会の窓が閉まらなくなった事が始まりだった。


事件は会議室で起きてるんじゃない。トイレの個室で起きていた。ズボンを履き、ファスナーを上げた私を違和感が襲う。社会の窓が閉まっていないのだ。

 

良く良く見てみるとファスナーの片側が取れていて、チャックに噛んでいない。非常に地味なアクシデントだが、これは由々しき事態だ。もしファスナーが直らなければ、私は今日一日社会の窓を全開にして職務に励まなければならない。私もかれこれ9年間もサラリーマンをしているが、ここまで酷いトラブルに見舞われたのは初めてだった。


結論から言うとこの場でファスナーを直す事は不可能だった。検索してみると裁縫道具やマイナスドライバーがあれば直せない事はないが、普段からそんな物を持ち歩いている訳がない。そもそもトイレにそんな物を持ってきている訳がない。


私は冷静さを欠き始めていた。とにかく、そろそろ自席に戻らなければならない。ポケットの中にたまたまクリップが入っていたのに気付き、天啓を得る。社会の窓を内側からクリップで留めれば誤魔化せるんじゃないかと。私は、冷静さを欠いていた。


試して見るとこの試みは思った以上に上手く行った。立ち上がって感触を確かめて見るが、全く社会の窓が開いている様には見えない。 クリップとはこんなにもマルチファンクショナルなアイテムだったのかと感嘆する。流石は全国的に流通し、長く様々な場面で活躍する商品だ。言うなれば今日一日はこのクリップに私の命運を賭ける事になる。耐えてくれよ。


トイレの個室を開け、私は第一歩を踏み出す。クリップは呆気なく、音を立てて床に落ちた。


そんな事になる気はしていた。私は冷静さを欠いてた。戦場では冷静さを欠いた者から死んで行く。初めからクリップなんかに頼ったのが間違いだったのだ。あんな物は紙を留める位にしか役に立たない。社会の窓を留めるには荷が重過ぎたのだ。


もう仕方がないので私は社会の窓を全開にして、自席に戻った。どうしようもないのだ。私にできる事はただ、さも社会の窓なんて空いていないかの様に自然体を装う事だけだ。ぶっちゃけ、もう帰りたい。帰って寝たい。それが私の嘘偽りのない本心だった。


普段通り仕事をしていれば、私の社会の窓が閉まっていないことはいずれ誰かしらにバレてしまう。そうすると待っているのは非難と好奇の目だ。社会の窓も閉められない男に、任せられる仕事なんてない。当然の判断だ。私が今まで積み上げてきた信頼と実績は、音を立てて崩れ落ちる。


報告しよう。報告してもう今日は帰ろう。
そう思い上席を見るが、課長は忙しそうにしている。あの忙しさでは「課長ー。社会の窓が閉まらないんすよー。へへっ、今日はもう帰って良いっすか?」なんて言える雰囲気ではない。と言うか、どう言う雰囲気ならそんな事が言い易いのか、私には皆目見当もつかない。


昨今はどこの職場も風通しの良い環境作りに力を入れている。それは私の職場とて例外ではない。ただやはり、社会の窓が壊れた事を気軽に報告できる環境ではまだないんだと実感した。今最もこの職場で風通しが良いのは、間違いなく私の下半身だ。


私は自分の無力さを痛感した。普段当たり前の様に在るものこそ、失った時に初めてその大切さを知る。


思えばこれまで一度も社会の窓に感謝した事なんてなかった。私が当たり前の様に過ごして来た時間は、ずっと社会の窓に寄って支えられていたのだと気付かされる。社会の窓が閉まらないと言うだけで、こんなにも私は何も出来ない男に成り下がる。鼻の奥がツンと痛んだ。自然と涙が溢れていた。そんな私の胸ぐらに、社会の窓が掴みかかってきた。


「お前は!俺がいなきゃ何も出来ないのかよ!?俺が閉まってなけりゃ、何も出来ないのかよ!!甘えてんじゃねえよ!」社会の窓がそう声を荒げる。


私はハッとした。いつまで社会の窓に、おんぶに抱っこでいるつもりだと。一瞬でも弱気になった自分を恥じた。社会の窓が壊れた事を報告できないのは、会社のせいでもなければ、社内の風通しが悪いせいでもない。


これが私の転機だった。環境を変える為には、いつだって一人一人が当事者意識を持つことが必要だ。周りを変えたいのなら、まずは自分から働きかけるべきなのだ。頭ではわかっているつもりでいたが、痛みを伴わない教訓は意味をなさないのだ。今回、社会の窓が壊れた事により私の中でそんな考えが生まれた瞬間だった。


転機とは、ただ単に環境が変わる事を指す言葉ではない。自分の中に新たな価値観を持つ様になった出来事、考え方を改める事になった出来事、そうした変化の積み重ねが、今後の自身の生き方を左右して行く転機なのだ。突き詰めれば「社会の窓が閉まらない」事すら、そこから得る価値観があれば、それは一つの転機なのだ。


私はそっと立ち上がり、課長の席に向かった。社会の窓を全開にして、まっすぐに向かう。そんな私を訝しげな様子で課長が見てくる。大丈夫、きっと言える。私は既に、社会の窓に頼りきっていた昨日までの私ではない。


真に風通しの良い職場とは何か?この問いかけに、もう形式張った答えなんてものは必要ない。社会の窓が壊れた時にキチンと言える自分かどうか。ただそれだけだったのだ。


社会の窓が壊れたので早退します。」
課長が何かを察したように頷く。「マイナスドライバーでこじ開ければ直せるよ」そう言って課長はマイナスドライバーを寄越した。私はそれを受け取り、お手洗いに向かって歩き始める。この一歩が、新しく生まれ変わった私の第一歩目だ。