おみこしの窓 〜バンドのあれこれ〜

音楽、バンドに関する様々なアレコレを書いています

ブサイクって損

出来るなら容姿は整っている方が良い。

 

多くの人がそう感じているのではないかと思う。どちらかと言えば「ブス、ブサイクは損」で「イケメンや美女は得」だと考えている人が大多数を占めるのが世論ではないだろうか。

 

私自身の容姿はどうか?と言われると私は自他共に認める「ブサイク」側である。どの程度ブサイクかと言われると言葉で表現するのは非常に難しい。

 

以前に友人が「私がどの程度ブサイクか?」を表す尺度として佐藤健を持ち出した事がある。友人は「佐藤健とあなたは同じ人類で同じ男性だけど、共通点は二本足で歩いている事くらいしかない」と言い切った。それは言い過ぎだと素直に思った。

 

腕が二本生えてる所だってソックリだ!と反論したかったけど流石にやめた。それを言い出したら佐藤健と私の共通点は「腕が二本生えてて二本足で歩く事だけ」と自分で認めてしまうようなものだ。きっと多分、もうちょっとくらいある筈だ。目が2つで鼻と口が1つずつ付いてる所なんて瓜二つじゃないか。

 

さてさて。それにしてもブサイクって言う程「損」なのだろうか?私個人としては自身の容姿のせいで損をしてるかと言われると、いまいちピンと来ない。ブサイクながらに愛敬のある顔をしてるとも思う。モテはしないけど。まあ愛敬はある。うん。モテないけど。

 

なんて思っていたのだけれどつい先日、実は「これまでずっとブサイクで損をしていた」事がたまたま発覚したので今日はその話をしていこうかなと思う。それは飲み屋で友人と飲んでいた時の事だった。

 

彼はとても真剣な仕事の悩みを抱えていて、私はその相談に乗っていた。私は聞き役に徹し、彼の話を芋焼酎を傾けながら静かに聞いていた。

 

こう言う真面目な話をする時、私はブサイクながらに真剣な表情をする。

 

そして、自分の真剣な表情って実はそこそこカッコいいんじゃないかと密かに思っている。

 

人には言わないけど、私の真剣な顔って実はそこそこ渋いんじゃないかと思っていたりするのだ。

 

ひとしきり彼の話が終わった後に私は少しだけ自身の見解を話し、真剣な顔でアドバイスをした。この時、自分で言うのも何だけど物凄く良いアドバイスをした。物凄く真剣な顔で、物凄く良いアドバイスをしたのだ。

 

このシチュエーションはかなりイケているのではないだろうかと思った。もし今この瞬間をカメラに収められてしまっていたら、私の顔の最大瞬間イケメン風速はもう少しで佐藤健に届くのではないかと。そう思ってしまう位の渾身の真剣な顔。「真剣」と書いて「マジ」と読む。そんな真剣な顔だ。

 

キマった....。

 

心の中で思った。

 

彼は私のアドバイスに感銘を受けたように相槌を打ち「凄くいいづらいんだけど...」と続ける。

 

 

 

 

 

 

 

彼「人が真剣な話をしている時に変な顔するのはやめてもらえる?」

 

絶望した。

 

変な顔をしているつもりは微塵もなかった。むしろ、私的には佐藤健ばりのイケメンフェイスを表情と雰囲気で表現していたつもりでいた。ヒトガ シンケンナハナシヲシテイルトキニ ヘンナカオ スルノヤメテモラエル?もう私には言葉として理解が出来ない範疇のセリフだった。変な顔なんてしていない。

 

つまり彼の意見を全面から受け入れた場合、私の「真剣な顔 = 変な顔」であると言う事になる。百歩譲ってそれはもう良い。もうそれは仕方のないことなのだから、それはもう良いんだ。しかし、そうするとこれまでの私の人生とは一体何だったのだろう?

 

実はこの私なりの真剣な顔はこれまでありとあらゆるシチュエーションで多用してきた。意中の女性に告白する時や就職活動の面接、最近では仕事の打ち合わせでも使うが今まで一度も指摘されたことはなかった。なかったが...なかっただけで「こいつめちゃくちゃ良い事言ってるけど何で変な顔をしているんだろう?」と思われていたという事になる。

 

日常的にコンビニのレジの店員さんが美人だった時なんかも使う。渋い声でタバコを注文しながら、真剣な顔でお釣りを受け取る。ダンディズムなオジ様だなって思われたい一心だった。しかし実際は変な顔してタバコ買っていくだけのオジさんだったのだ。つらい。もうあのコンビニいけない。一番近所なのに。

 

話を元に戻すと、やっぱりブサイクは損なのだと思った。1日くらい佐藤健の顔で過ごしてみたい。出会ったばかりの女の子に告白されて「俺の顔だけが好きなんだろ?」とか言ってみたい。30年間も生きてきて一度たりとも言った事がない。「俺の顔だけが好きなんだろ?」なんてセリフは一体どれだけ自分の容姿に自信があったら言えるだろう。少なくとも、佐藤健との共通点が腕が二本生えてて二本足で歩くこと位しかない私には縁がなさそうな話だった。目が2つで鼻と口が1つずつ付いてる所は瓜二つなんだけどなぁ。

 

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あービール飲みたい!

 

仁義なきお布団との闘い

朝、けたたましく鳴り響くアラームの音で目が醒める。微睡みの中、腕を伸ばして傍に置いてあるiPhoneを手に取り、アラームを止めた。時刻は丁度、朝の7時を指していた。

 

夢を見ていた気がする。その余韻がまだ瞼の裏辺りに残っている様に感じるが、一体何の夢を見ていたのかは全く思い出せない。夢と現実の境目を、うつらうつらと漂う平日の朝。布団からはみ出ている腕が少し寒い事が、私に秋の終わりを意識させた。

 

そろそろ起きなくては。

 

そう思いながら体を起こそうとして、ある異変に気がつく。体が起き上がらないのだ。

 

金縛りではない。意識はまだ朦朧としているが、腕や足は動かすことができる。しかし、まったく布団から起き上がる事が出来ない。なんだこれは?不思議に思いながら私は布団に腕や足を絡ませる。

 

お布団「目が覚めた様だね」

 

耳元でお布団が囁く。

 

私「き、、、貴様はお布団、、!俺に何をした!」

 

お布団「私は何もしていないよ??ただ、きみの体を暖かく優しく包み込んでいるだけさ。」

 

私「なんだと、、、!何だ、、、何なんなんだこの居心地の良さは!!」

 

お布団「くくく、、、起き上がらなくて良いのかね?そろそろ起きなくては仕事に行く時間に間に合わなくなるぞ?」

 

私「くそ!くそ!!離せ!離してくれ!」

 

まるで突然、地球の重力が10倍になってしまったかの様に、私はお布団から起き上がる事が出来ない。布団の中でジタバタと手足を動かし、必死に起き上がるキッカケを探すが、少しずつ私の体はお布団に包み込まれていってしまう。

 

お布団「くくく、、、ハーッハッハッ!手も足も出ないとはこの事だなぁ!!」

 

悔しいがお布団の言う通りだった。もはや私の四肢はすっぽりとお布団に包み込まれてしまったおり、文字通りお布団から手も足も出す事が出来ない。

 

私「ぐぬぬぬ。」

 

お布団「くくく、、、。あと五分だけ、、、あと五分だけさぁ。」

 

私「や、、、やめろ、、ま、、、瞼が、、、瞼が言う事をきかなくなる、、、」

 

心地良いお布団に包まれ、あと五分だけと言う甘美な囁きに少しずつ私の瞼が閉じようとしていく。このままなす術もなく二度寝してしまいそうになったその時、部屋の入り口がバタンと音を立てて開いた。

 

まてーーーい!!

 

お布団「き、、、貴様らは!!」

 

レッド「朝ごはんレッド!」

 

ブルー「お着替えブルー!」

 

イエロー「洗濯イエロー!」

 

ピンク「ひげ剃りピンク!」

 

ブラック「お手洗いブラック」

 

「5人揃って!朝やらなければいけない事レンジャーー!」

 

お布団「現れたな!朝やらなければいけない事レンジャー!!」

 

レッド「おのれお布団め!!早くその人を離すんだ!!」

 

私「来てくれたのか!!朝やらなければならない事レンジャー!!ありがとう、、、ありがとう!!」

 

感謝...圧倒的感謝。

 

そう、、、私には朝起きてやらなければならない事がある。危うくお布団にされるがままになりそうになっていた私の瞼が少しずつ開いていった。

 

レッド「さぁ!早く起きて朝ごはんを食べるんだ!」

 

レッドが叫ぶ。私は全身全霊の力を込めながらうおおおと叫び声をあげ、少しずつお布団から起き上がろうとした。

 

お布団「朝ごはんは最悪、食べなくても良いんじゃないかな?」

 

私「え、、、?うーん、、、たしかに。そうだね。」

 

私はパタンと倒れこみ、再び布団に深く潜る。

 

レッド「ぐああァァァァァ!!」ドカーン!(爆散)

 

レンジャー各位「レッドおおおおお!」

 

イエロー「よくもレッドを!!さぁ早く起きて洗濯機を回さないと間に合わなくなるぞ!!」

 

イエローが叫ぶ。私は全身全霊の力を込めながらうおおおと叫び声をあげ、少しずつお布団から起き上がろうとした。

 

お布団「洗濯は帰ってきてからでも良いんじゃないかな?」

私「え、、、?うーん、、、たしかに。そうだね。」



私はパタンと倒れこみ、再び布団に深く潜る。

イエロー「ぐああァァァァァ!!」ドカーン!(爆散)

レンジャー各位「イエローおおおおお!」

 

ブラック「レッドとイエローの仇は俺がうつ!!さぁ早く起きてお手洗いをすませるんだ!!」

 

私「いま別にしたくないな。」

 

ブラック「ぐああァァァァァ!!」ドカーン!(爆散)

 

レンジャー各位「ブラックうううう!」

 

お布団「くくく、、、ワーッハッハッハッ!!どうした朝やらなければならない事レンジャー!!このままではコイツは安らかに二度寝してしまうぞ!!」

 

お布団の高笑いが響く。そんな声さえもすでに遠く、私は閉じていく瞼に抗う事も出来ない。お着替えブルーとひげ剃りピンクが懸命に叫ぶ。

 

ピンク「ひげ剃りしないなんて社会人失格よ!」

 

ブルー「お前は半袖短パンで仕事に行くつもりかぁぁぁぁ!!」

 

ピンクとブルーに鼓舞され、私は全身全霊の力を込めながらうおおおと叫び声をあげた。少しずつお布団から起き上がろうとする。

 

立て。立ち上がれ。私は自分の体に激しく鞭を打つ。お布団は少しずつ持ち上がり、ついに私は上半身の自由を取り戻す。あとは起き上がるだけ。「見事だ...」とお布団が呟く。「いけええええ!!」とレンジャーが叫ぶ。もはや起き上がるのは時間の問題かと思われたその時、お布団が一言だけ私に囁いた。

 

お布団「ひげ剃り1分、着替えを5分で済ませるなら後30分は寝てられるよね。」

 

私「え、、、?うーん、、、たしかに。そうだね。」


私はパタンと倒れこみ、再び布団に深く潜り込んだ。遠くでひげ剃りピンクとお着替えブルーが爆散する音が聞こえた様な気がした。正義が勝つとは限らない。お布団が必ず勝つ。お布団には敵わない。悪いのは意志の弱い私ではなくて、いつだって心地よく私を包み込んでしまうお布団なのだろう。毎朝繰り返される仁義なきお布団との戦い。人知れず、私は今日もお布団と戦っている。

 

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あービール飲みたい!

 

 

 

飼っていた文鳥が死んだ日

個人的な意見ではあるのだけれど、私は「〜してあげる」と言う言葉があまり好きではないし、自分では使わない。どう言う風に使っても、何だか上から目線で物事を言っているように感じてしまうからだ。

 

だけれど最近、と言うか昨日にその考えを改める事になった出来事があったので今日はその話をしようかなと思う。キッカケは、飼っていた文鳥がつい昨日に亡くなった事だった。

 

私が文鳥を飼い始めたのは今からちょうど5年前の事だ。特に何か理由があった訳ではない。強いて言うなら、一人暮らしも長くなってきていたので部屋に帰った時に「ただいま!」と言う相手が欲しかった。彼女もいなかったし。一人暮らしの寂しさに負けたのだ。

 

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べらぼうに可愛いうちの文鳥のブンキチ(♀)

 

飼ってみて知ったのだけれど、文鳥は意外と手がかかる。餌もウンコも撒き散らすし、毎朝世話しなきゃいけないし、元気な時間帯はバタバタとケージの中を飛び回って夜中までうるさい。正直な話、1ヶ月程で飼い始めた事を後悔した記憶さえある。

 

それでも数ヶ月ほど一緒に住んでいると段々と愛着も湧いてくる。朝起きて「おはよう」、出かける時に「いってきます」、部屋に帰ってきて「ただいま」、寝る前には「おやすみ」と喋りかけたりするのが当たり前の習慣となった。その日あった出来事をダラダラと文鳥に話すのも良くしていた。当の文鳥はブランコを漕いだり餌を撒き散らしたりするのに忙しくて、全く話を聞いてはくれなかったけど。

 

うちの子は割と気分屋で一人で遊びたい時は全く私の相手をしてくれない。一心不乱にブランコを漕いでは飛び降り。飛び降りては漕ぎを繰り返し続ける。

 

ひとしきり一人で遊ぶのに飽きると「一緒に遊べ」と騒ぎ出す。カゴから出すと肩に乗ってきて、私の首の皮を嘴で引っ張ると言う凶悪な遊びに興じ始める。これがめちゃくちゃ痛くて私は何度も肩から文鳥を降ろし、掌に乗せようとするが直ぐに肩に戻って嘴で首の皮を引っ張り始める。これは完全に嫌がらせだと思った。

 

あと、鳴き声でかなりコミュニケーションがとれる子だった。文鳥の鳴き声は多彩で、長く一緒にいると様々な鳴き声を聞かせてくれる。家に帰ってきて玄関を開けると気配を察してリビングの方から「ピッ!ピッ!!!ピピッッッ!!」と言った具合にお出迎えしてくれるのが好きだった。帰りを待っていてくれる相手がいるのは幸せな事なんだなと教えてくれたのは文鳥だったかもしれない。

 

ただ撫でられるのはあんまり好きじゃない子だった。掌の上で眠ってくれる位には懐いていたが、撫でようとすると逃げてちょっと怒った様な仕草をする事が多かった。 

 

そんな文鳥ではあるが、飼い始めて5年程たった昨日に亡くなってしまった。

 

1週間ほど前から、元気がない様子なのは気付いていた。気には止めていたが、栄養のある青菜やカルシウム餌を多めにあげてれば元気になるだろうと楽観視をしてしまっていた。

 

昨日、朝起きて文鳥のあまりの様子のおかしさに慌てて病院へ連れて行った。先生も原因がハッキリとわからない様だったが、ビタミン剤を処方してくれて「しっかり保温していればきっと良くなる」と言ってくれた。

 

出来る限り部屋を暖めて、言われた通りにビタミン剤をあげたが良くならず、夜にはついに亡くなってしまった。色々な手段で保温をするも、最後は段々と弱っていくのを側にいながら私は見ている事しか出来なかったのだ。

 

撒き散らす程に猛烈な勢いで食べていた餌も最後は食べなくなってしまった。漕ぎすぎて壊した事もあるブランコには掴まる事が出来なくなってしまっていた。何度も側で声をかけても、最後は鳴き声すらあげることが出来なくなっていった。

 

あんなにも、うるさいくらいに良く鳴く子だったのに。

 

動かなくなってしまった文鳥を最後に手に乗せると、生きていた時よりずっと軽くなっていた。撫でられるのが嫌いな子だった。名前を呼んで何度も撫でても、もう逃げてはくれなかった。もう嫌がってはくれなかった。こんな形でしっかり撫でられる事になるなんて、思っても見なかった。

 

文鳥の平均寿命は7〜8年だが、うちの子は5年で亡くなってしまった。大事にしていたつもりになっていたのだ。もっと早く体調不良に気付いていれたら。もっと早く病院に連れて行けてれば。もしかしたらまたうるさい位に元気を取り戻してくれていたのかもしれない。

 

しかし、肝心な所で私は文鳥を大事に「してあげられなかった」んだ。こんなの、私が殺してしまったも同然だ。

 

「〜してあげる」と言うのは上から目線の言葉ではなく、自分より弱い守るべき存在に対して使う言葉なんだと知った。長く一緒に生活していたせいで、いつの間にか自分と対等の存在として接してしまっていたが、そうではなかったんだ。自分よりずっと小さくて弱い、守らなきゃいけない存在だったんだと気付くのが本当に遅すぎた。飼い主失格だ。

 

最後に私がしてあげられるのは、キチンと体を綺麗にし、埋葬してあげる事だけだった。本当はもっと「うちの文鳥がマジでうるさい」とか「毎朝世話のためにちょっと早起きをするのが面倒くさい」とか愚痴りながらでも、一緒に住んで世話をしてあげたかった。

 

もう毎朝撒き散らされた餌やウンコを掃除する事も、うるさくて夜眠れない事も、首の皮を嘴で引っ張りまくられる事もない。それがとてつもなく悲しくて、昨日からもうずっと涙が止まらない。幸せな時間と、それを失った時の悲しさはきっと比例してしまうのだろう。文鳥は5年と言う短い生涯で沢山の幸せを私にくれていた。それに対して、私は一体文鳥に何を返してあげられていただろう。もっともっともっと、大切にしてあげるべきだった。

 

結びになるが、このブログに書くのには不適切な内容だったかなと反省はしています。それでも自分の中のものを吐き出さなくちゃ、また楽しくブログを書く事が出来なくなってしまいそうだったのでしたためさせて頂きました。

 

うちの子はプランター葬にした。早々にホームセンターで大きめのプランター腐葉土と堆肥を買ってきて、ベランダに置いたプランターの中へと埋葬した。埋める前に冷たくなっている文鳥を撫でて、名前を呼んだ。ちょっと眠ってしまっているだけの様にしか見えない文鳥に土を被せるのは辛かった。

 

きっと死んでしまったものを生きている時と同じように扱ってはいけないんだと私は思う。だけれど、今日だけはいつものように餌と水を入れ替えて、お気に入りのブランコと一緒にプランターに添えた。5年間欠かさずにやってきたのに、これがもう最後となってしまった。スプーン3杯分の餌と冷たいお水。いつもと同じ朝なのに、文鳥の鳴き声だけが欠けてしまった。

 

完全に土に還るまでは3〜5年かかるらしい。勿論、それまでずっとこれから手入れをする。落ち着いたらこのプランターで花でも育ててみる事にしようと思います。自分の体に寄り添う何かがあって、窓から覗き込めば部屋でゴロゴロしている私が見えた方が、文鳥も少しは寂しさが紛れるんじゃないかなと思う。私がうちの子にしてあげられる事は、残念だけどもうこの位しかないんだ。

 

ゆっくり寝ている文鳥の上に綺麗な花が咲かせられたら、うちの子もきっと嫌な気はしないだろう。それは幸せな日々をくれたブンキチに対して最後ではなく、「これから私がしてあげられる事」の様な気がしている。今日はそんなお話でした。

PUBGモバイルにハマりすぎて隣の部屋の人にゲイだと思われてるっぽい

「Enemy ahead (前方に敵がいる)!」

 

相方が叫んだ。

 

私は伏せていた小屋の影から覗くと、丘上から一台のダチアが相方が立てこもっている家へと向かって走っていく。塀に横付けされたダチアから2人の男が飛び降り、家へと侵入していった。

 

「Pull out (逃げろ)!」

 

私は相方に向けて叫んだ。直後、家の二階から激しい銃撃音が響き、窓越しからマズルフラッシュが点滅する。相方からの応答はない。

 

やられた。

 

2対1の状況。私は引くか、挑むかを一瞬逡巡した後、S686ショットガンを握りしめて家に向かって走り出した。

 

ライフルを持っていない今、遠距離戦に持ち込まれたらジリ貧だ。近距離で真価を発揮するショットガンなら、相手の不意をついた奇襲で勝機を見出せる。S686は2弾装填が可能なダブルバレルショットガンだ。1人1発で倒し切れれば勝ち。2発で倒しきれなければ、リロードの隙を狙われて死だ。

 

極力、足音を殺しながら少しずつ家に近づく。窓を覗き込むと1人は一階で包帯を巻いていた。もう1人は足音から、恐らく二階で索敵をしているようだ。

 

鼓動が早くなる。

 

深く息を吸いみながら窓から侵入し、包帯を巻いていた男に向けて引き金を引く。ショットガン特有の鈍く重たい音が響き、二階の足音がピタリと止まった。私は手早く手榴弾のピンを抜き、二階へと投げ込む。爆発と同時に、S686を握り直して二階へと突入した。

 

 

 

 

....

 

 

はい!

 

久しぶりの更新となりました。一体何のブログを開いてしまったのか、途方に暮れてしまった方もいると思います。おみこしの窓です。

 

ブログをお休みしていた(サボっていた)のには深い深い訳がありまして、ここ1ヶ月程は今ちまたで大人気のスマートフォンアプリ「PUBGモバイル」にどハマりしていました。PUBGは端的に言うとバトルロワイアルゲームで、決められたエリア内に降り立ったプレイヤー100人が最後の1人になるまで戦う!と言ったゲームです。

 

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自由度が非常に高く、銃や手榴弾等の武器の種類もたくさんあります。一瞬の判断で生き残れたり、逆に倒されたりするのでかなり白熱してプレイしています。チーム戦も出来るので友達とボイスチャットしながらやるとめちゃくちゃ盛り上がります。つまり、PUBG最高!という事です。

 

見るとあなたもPUBGモバイルがやりたくなる超かっこいいトレーラー映像はこちらから!

 

PUBG WELCOME TO SANHOK AWSOME TRAILER AMAZING ENJOY - YouTube

 

PUBG - E3 2018 - Official Trailer - YouTube

 

さてさて!そんな具合でPUBGモバイルにどハマりしている私ですが、ゲームをやっている時のある癖のせいで隣の部屋に住んでいる人にとんでもない誤解をされているような気がしてならない。

 

そう、私はゲームをやってる時に「喋る」癖があるのだ。

 

具体的に言うと敵に攻撃された時に「痛い痛い!」と叫んだり「殺さないでくれぇぇぇ」と呻いたり、ゲームのキャラクターが死ぬ寸前には「あー。もうダメだ逝きそう」と諦めた様に言ったりする。

 

ずっと走るプレイをしてる時には「これはキツイ」とか「やばいって!」と言ったりもしている。ソファーで横になりながらゲームしているだけなのに、一体何がキツイのか。ヤバイのはブサイクな顔の造形だけで充分だと言うのに。

 

そんな事を深夜の1時くらいまでブツブツ喋りながらゲームをしている訳なんだけど、これって隣の部屋の人に相当な恐怖を与えてしまっている様な気がしてならない。隣の部屋の人からしたら、夜な夜な私の部屋から「痛い痛い!!」と言った叫び声や「殺さないでくれぇぇぇ」と言った悲痛な呻き声が聞こえてくる訳である。控えめに言ってもこれは事件である。

 

恐らく隣の部屋の人は私の部屋で夜な夜な恐ろしい拷問が行われているか、もしくはめちゃくちゃハードなSMプレイを嗜んでいるかのどちらかを推測するであろう事は想像に難くない。しかし、事態はより複雑な様相に展開していく。

 

PUBGモバイルでは最大4人でチームを作り、ボイスチャットをしながらプレイする事が可能になる。私が一緒にプレイするのはもっぱら地元の男友達なのだが、やはり地元が同じせいか皆一様にゲームをしてると喋る癖がある。

 

するとどうだろう。私の部屋からは夜な夜な複数の男達(最大4人)の「痛い!痛い!」と言った叫び声や、「これはキツイ」と言ったある種とんでもなく間違った捉え方をされなねない言葉が聞こえてくる訳である。

 

そして畳み掛ける様に「あー。もうダメだ逝きそう」などと言ったおよそこの世のありとあらゆる恐怖と絶望を凝縮した様な男の男による男の為の酒池肉林の狂乱の宴...阿鼻叫喚の地獄絵図(最大4人)が展開されていると想像されても致し方のない訳である。

 

つまり、隣の部屋の人はきっと私の事をめちゃくちゃハードなプレイを嗜むゲイ、もしくはめちゃくちゃハードなSMプレイを嗜むゲイのいずれかだと勘違いをしているのではないかと心配している訳だ。

 

過ごしやすい気温が続く秋晴れの朝。

 

私がゴミ出しをしようと部屋を出ると、ちょうど隣の部屋の人もこれから出かける様子で部屋の鍵を閉めようとしていた。

 

「おはようございます」

 

にこやかに挨拶をした私に彼は強張った笑顔を向けてきた。

 

軽く会釈をすると、足早にマンションを去って行く。

 

私はゴミ袋をダストボックスに投げ込みながらぼんやりと思う。

 

きっと彼は先程、会釈をしながら心の中で叫んでいたに違いない。

 

「Enemy ahead (前方にゲイがいる)!」...と。

夏の終わりに怖い話

幽霊を信じるか、信じないか。人によって意見が割れるとは思うのだけれど、私はどちらかと言うと幽霊は「いる」と信じているたちだ。

 

「いる」とは思いつつも「いたら嫌だな」と思う自分もいる。怖い話は好きだけど苦手でもあり、怖い映像を直視できない私はよく心霊番組を目を閉じながら見ている。全く何が起きているかわからないけど音だけ聞いて「ギャー」と悲鳴をあげている。

 

思うに幽霊と言うのはどれもこれも見た目がおどろおどろし過ぎるのだ。もっとカジュアルかつライトに、ホットパンツを履いた金髪巨乳のフーターズ・ガール風な幽霊ならば私だって喜んで受け入れよう。そんな幽霊がいたらぜひ、私の部屋に住み着いて欲しい。遠慮はいらない。

 

さてさて、そんな私だが周囲には所謂「霊感」を持っている友人が何故か多い。ただその霊感と言うものを持っている人にも程度があって、気配だけ感じる人もいれば、音だけ聞こえる人、実際に見えてしまう人と様々だ。

 

見えしまう人から言わせると、あまりにハッキリと見え過ぎてしまう性で、最初は幽霊だと気づかない事もあるらしい。それにボンヤリと見える幽霊はそこまで怖くないが、ハッキリと目視できる幽霊は危険だとよく聞く。

 

また、霊感があるから怖い体験をする訳ではなくて、霊感がない人でも「幽霊に憑かれやすい」人と言うのは存在するとのことだった。そう言う人は迂闊に心霊スポットに行くと霊を連れて帰ってきてしまう事もあるらしい。イタズラに心霊スポットに近寄ってはいけないと言うのは、こう言う事がよく起こり得るからだと教えてもらった。

 

そんな私の友人の中ではT君と言う男が最も霊感が強い。彼は幽霊が「見える」体質で、これまでも何度か幽霊に遭遇した事があるとの事だ。

 

私が彼から聞いた中で最も印象的だったのは、T君の友人が心霊スポットに住んでいると言う話だ。話を分かりやすくする為に、私の友人で幽霊が見える彼を「T君」。心霊スポットに住んでいる友人を「H君」と呼ぶ。

 

H君の家は巷で噂になる程の心霊スポットだった。と言うのも建屋自体がかなり古く、敷地内に戦時中からある井戸や防空壕が残ったままなので、心霊スポットの様な出で立ちの家と言うだけなのだが。

 

それでもたまに近所の人が夏に肝試しに来ることがある位のおどろおどろしさだったそうな。

 

実際にそこに幽霊はいたのかについて、当のH君自身は「もう何年も住んでるけど別に何も見たことがないよ」と呑気な様子だったが、霊感のあるT君は感づいていたらしい。ここには何かいる...と。

 

ただ何度遊びに行っていても気配は感じるが姿は見えなかった。夜中になると時折、井戸のある方の窓から刺す様な視線や呻く様な声が聞こえるが、ただそれだけ。霊感のあるT君でもその程度にしか感じていなかったから、H君はそうした気配には全く気づかなかったのだろう。

 

結局何年かしてH君は都内へ引越しをした。T君も引越しを手伝い、荷物を運んだ後はそのまま新居に一緒に泊まることになった。

 

引越しの疲れもあり早々に眠ってしまったが、夜中にT君はふと目が覚めてしまった。すると、アパートの三階なのに窓から覗き込む様にこちらを見ている視線を感じた。前の家でも何度か感じた、あの気配だ。

 

ついてきてしまっていたのだ。

 

翌朝、早々にH君の家を後にしたT君は、その後はH君の家には遊びに行かなくなったそうだ。

 

俺「H君に教えてあげなかったの?」

 

T君「いやー、言えなかったな。Hは全然気づいてなかったし。」

 

俺「まぁでも害はないんでしょ?見てるだけな感じ?」

 

T君「んー...まあHは今でも元気だけどさ。

 

家には近寄りたくはなかったな。

 

俺が帰る時にはもう

 

 

部屋に入ってきちゃってたから。

 

 

 

帰る時に外から部屋の窓みたらさ。

 

 

部屋の中からジッとこっちを見てたの。

 

 

 

ジッ...とね。

 

 

 

もう慌てて目を逸らしたよね。

 

 

 

目を合わせると危ないんだ。

 

 

見えてる、気づいてると思ってついてきちゃうから。」

 

俺「こわ!」

 

T君「目が合っちゃったパターンの怖い話もあるよ。」

 

俺「マジで?やばくね?」

 

T君「いやーあれは本当に危なかった。この前、明け方に24時間やってる銭湯に行ったんだけどさ。」

 

俺「ほうほう...」

 

T君「服脱いでロッカーキーを足首につけて風呂に入ったら...

 

 

もうめちゃくちゃいっぱいいるんだよ。」

 

 

 

俺「霊が?」

 

 

 

T君「いや....ゲイが」

 

 

 

俺「ゲイが!?」

 

 

 

T君の話をまとめるとこうだ。遊んでいて、たまたま明け方に24時間営業している銭湯に行ったらそこはどうやら秘密の男の花園だったそうだ。

 

異常に混雑した明け方の銭湯にひしめく裸の男達が、新たに入ってきたT君の股間に刺す様な視線を送ってくる。サウナからは呻く様な声が聞こえてきた。

 

ゲイではない人でも「ゲイに好かれやすい」人と言うのは存在するとのことだった。そう言う人は迂闊にゲイスポットなんかに行くとゲイを連れて帰ってきてしまう事もあるらしい。イタズラにゲイスポットに近寄ってはいけないと言うのは、こう言う事がよく起こり得るからだとT君に教えてもらった。

 

 

 

T君「目を合わせると危ないんだ。見えてる、気づいてると思ってついてきちゃうから。」

 

 

 

見えない幽霊より断然、見えているゲイの方が怖いと思った。そんな平成最後の夏でした。

 

 

アーーーーーッ!

コンディションの良い日のアンパンマンにありがちな事

身だしなみに関してコンディションの良い日と言うものが存在する。特に何もしていなくても朝出かける前に鏡を見た時に「あれ?今日の自分いつもよりキマッているかも?」なんて思ったりする日の事だ。

 

髪型だったり、肌ツヤだったり、女性ならメイクだったりが特に意識しなくても良い感じに仕上がっている日と言うものは、生きていればそれなりの頻度で起こるものなのだと思う。コンディションが良い日はいつもよりちょっとだけ外出が楽しくなる。誰か人に会ってみたくなる。そんな経験、きっと誰しもあるのではないだろうか。

 

そしてこの「コンディションの良い日」と言うものは誰しもに起こり得るならば、きっとアンパンマンにも起こり得るのではないだろうか。我々とは比にならない頻度で「顔」を入れ替え続けているアンパンマンならば、きっと私たち以上に「顔のコンディションの良い日」と言うものを気にする機会が多いような気がしてくる。今日はそんな話をしていこう。

 

アンパンマンを知らない人は流石にいないとは思う。ドラえもんサザエさんちびまる子ちゃんに並ぶ超国民的アニメキャラクターだ。アンパンマンワールドの無敵のヒーロー。子供向けアニメ業界の重鎮。アンパンのドン。それがアンパンマンだ。

 

言わずもがなアンパンマンは物凄い頻度で「顔」自体を入れ替える。誰かに顔を与え過ぎた時、雨に濡れてしまった時、バイキンマンにやられた時、どこからともなくジャムおじさんが法定速度と言う概念を度外視したスピードで砂埃を巻き上げながらアンパンマン号を走らせて現れる。そして人間のレベルを遥かに超越した投擲能力でバタコがアンパンマンの顔を投げるのだ。

 

当たり前だけれどアンパンマンの顔はアンパンなのだから完全に正確に全く同じ顔が毎回作り続けられている訳ではないんじゃないかと私は思う。ましてやアンパンマンの顔は工場のライン製造ではなくジャムおじさんの手作りなのだから、アニメだとそこまで詳細には描かれていないが、ちょっとだけ鼻が大きくて不細工な顔の時もあれば、目がパッチリして良い感じの顔の時もあったりと個体差が出るはずだ。そうなるとアンパンマン自身に自我があるのだから「あれ?今回の顔ちょっとキマっているな」なんてコンディションの良さを感じる機会があってしかるべきだと私は思う。

 

そしてこの「良いコンディション」を崩したくないと思うのもまた人情だろう。髪型がばっちり決まった日が強風だと外に出たくないし、メイクがばっちり決まった日にはなるべく汗をかきたくない。と思ってしまうのは致し方のないことだ。

 

アンパンマンに置き換えると顔のコンディションが良い日はきっと「誰かに顔をあげるのが嫌になる」のではないかと私は考察する。更にいうならば、ぶっちゃけバイキンマンとも戦いたいなくはずだ。顔が汚れるから。

 

しかし顔をあげたくないしバイキンマンともぶっちゃけ今日は戦いたくないと言った気持ちとは裏腹に、コンディションの良い自分を誰かに見てほしいから無駄にいつもより入念にパトロールする。そんな日が実はアンパンマンにもあると思う。

 

アンパンマンの存在を根本から揺るがしかねない発言であることは自覚している。やなせたかし先生が「本当の正義の味方は戦うより先に、飢える子供にパンを分け与えて助ける人だろう」と言って生み出されたアンパンマンが「顔をあげるのが嫌」だなんてあってはならない。あってはならないけれど、アンパンマンだってそれなりに身嗜みを気にする権利があっていいはずだ。

 

無償の奉仕。無償の愛。無償の正義。言葉にすれば美しい。

 

美しいけれどそうした見返りを求めない無償の行為は全て施す側の自己犠牲があって成り立っている事を忘れてはいけない。無償の行為は色々あれど、自身の顔をちぎって他人に分け与えるアンパンマンはその最たる例だと私は思う。正義の味方は究極の自己犠牲であって、アンパンマンって本当に大変なんだ。

 

個人的にはアンパンマンはもっともっと自分勝手になってもいいと思う。お腹が空いたらアンパンマンが顔を分け与えに来てくれる。バイキンマンが出たらアンパンマンが倒してくれる。

 

そう勝手に思い込んでアンパンマンの無償の自己犠牲の上に胡坐をかいているアンパンマンワールドの奴らに「お腹が空いたのかい?ほら!食パンマンの顔をお食べよ!」とか、バイキンマンが出たら「来るならこい!今日はカレーパンマンが相手だ!」と言い放つアンパンマンが見てみたい。そのくらいの権利、正義の味方だって当たり前に持っていてしかるべきなんだ。今日はそんなお話でした。

故郷はいつだって懐かしくて暖かくてホッとして、少しだけほろ苦い。

今回ははてなブログの企画「私のふるさと」に応募する記事をしたためる。企画に応募した参加者の中から素敵なふるさと記事を書いた人に対してなんと特産品(2万円相当)が送られる夢の企画。

 

私は思った。2万円分の特産品が欲しいと。2万円分の特産品が食べたいと。故郷を紹介したいと言う気持ちより断然、2万円分の特産品を食べたい気持ちが強い。特産品が無理なら2万円の現金でも良い。

 

さてさて。私は今でこそ実家は千葉県木更津市にあるが、幼少の頃は千葉県市原市の有秋台と言う所に住んでいた。生まれ育った有秋台の方が私にとっては故郷と呼ぶのにしっくり来るので、こちらを題材にしようかと思う。木更津はヤンキーしかいないから特に書く事がない。木更津がヤンキーの特産地って話はまた別の機会に。

 

私は生まれてから小学校5年生までを有秋台で過ごした。誰かに紹介できるような特別なものなんて何もないような所だ。あるのは沢山の社宅と駄菓子屋、無駄に長くて急な坂道とこれまた無駄にデッカい公園だけがあるような土地だった。

 

私の中にある1番古い記憶は幼稚園児の頃くらいからだろう。当時の私の行動範囲は住んでいた社宅の敷地内だった。同年代の子供が沢山住んでいたので毎日社宅の中で遊んでいた。隠れんぼをしたり、木に登ったり、使ってない社宅に肝試しに行ったり、そんな遊びをしていたかな。

 

私は結構ませた子供で、幼稚園の頃から好きな女の子がいた。相手は同じ幼稚園に通うSちゃんと言う女の子だったが、何がきっかけで好きになったかなんて1ミリも思い出せない。たぶん、顔が好みだったんだと思う。

 

小学校に上がると自転車に乗れるようになり、社宅の外で遊ぶ事が増えた。お手製の釣竿を作ってザリガニを釣ったり、学校のグラウンドで竹馬をしたり、駄菓子屋で酸っぱいガムにご用心とかきなこ棒を食べたりしていた。あとやたらと、鳩を追いかける癖があった。鳩を追いかけるのが当時の趣味だったのかもしれない。

 

子供だった私は有秋台をとても広大な土地だと思っていた節がある。どこに行くにも無駄に長くて急な坂を登ったり降りたりしなきゃいけない不便な土地だったのに、そんな事を気にも止めず、毎日飽きもせずに有秋台をグルグルと周って遊んでいた。また、今よりも季節の移ろいを深く感じて、四季毎に遊びも変わっていたと思う。

 

無駄にデッカい公園にはこれまた無駄に長い階段があって、そこは春になると桜が満開になるから桜坂とか呼ばれていた。良く親とも友達ともお花見に行った気がする。

 

夏は社宅で花火をしたり、父親と夜中にカブトムシを捕まえに行った。カブトムシは虫なのにゼリーを食べる所に妙に親近感を覚えたりしていた。

 

あと社宅にビワの木が生えていたから良く登って食べてたかな。この頃に野生のビワを食べ過ぎたせいで大人になるまで「ビワはそこらへんの木になってる果物」とずっと勘違いして生きてきた。大人になってからスーパーでビワの値段を見てたまげた記憶は割と真新しい。

 

秋はどんぐり集めに精を出していた。どんぐりを拾ってはコンクリートに擦り付けて削り、中身をくりぬいて船にしていた。どんぐりシップだ。つまようじを指してコマにもしていた。子供のクリエイティブな発想の犠牲になるのは大抵どんぐりだ。

 

千葉県だけど、冬は今よりも全然深く雪が積もっていた気がする。雪が積もった日はソリに乗って無駄に長い坂を滑ってた。あと雪だるまも作ってた。泥だらけの雪だるまだったけど、出来上がった時の達成感はひとしおだった。翌日には溶けてドロダルマになってたけど。

 

ちなみに小学校4年生の頃くらいには幼稚園からずっと好きだったSちゃんともやや進展があって、一回だけ2人で遊んだのを覚えている。近所の「クロワッサン」と言う名前のパン屋で待ち合わせをして遊んだ。これが人生最初のデートだったなぁ。

 

そんな具合で色々と思い出深い有秋台を離れたのは、親が木更津に家を買ったからだった。小学校5年生までいたから、友達やSちゃんと同じ中学校に行けない事が結構悲しかった様に記憶している。まあ子供の力じゃどうしようもないよね。

 

再び有秋台を訪れたのは転校してから11年後の22歳の時だった。別に大した理由があった訳じゃないけど、たまたま有秋台の近所を通る予定があり時間もあったので、ちょっと見ていこうかなくらいの軽い気持ちで立ち寄った。

 

大人になってから見るとあんなに広大だと思い込んでいた有秋台がとてつもなく狭い土地だったと気付いて驚いた。

 

無駄に長くて急な坂だと思っていた坂は全然緩やかで長くもない普通の坂だった。無駄にデッカいと思い込んでいた公園は全然小さくて大した遊具もない普通の公園だった。

 

グルグルと有秋台を歩いていると、子供の頃の思い出を発見できる場所と、変わり過ぎていて知らない土地の様になってしまっている場所とが交互に現れた。

 

良く行っていた駄菓子屋はまだ営業していた。きな粉棒も見つけた。

 

ザリガニを釣ってた池は見つける事すら出来なかった。

 

初めて女の子と待ち合わせをしたクロワッサンは潰れてしまっていた。

 

住んでいた社宅は残っていたけど、違う会社の社宅になっていたし、ビワの木もなくなっていた。

 

それでも私は何だかんだ懐かしい気持ちになった。大人になった自分でも、変わってしまった景色の中に思い出を発見できる感覚が妙に嬉しくて、懐かしいやら寂しいやら。

 

故郷と呼べる土地があるのは幸福なことだ。例えその土地が昔と大きく変わってしまっていたとしても、自分がそこで過ごしたと言う事実は変わらない。

 

そんな故郷が思入れ深いのはきっと、自分の初めての経験が沢山詰まった場所だから何だろうと私は思う。

 

生まれて初めて隠れんぼをしたのも、木に登ったのも、花火をしたのも、自転車に乗ったのも、雪を見たのも、カブトムシを捕まえたのも、友達や好きな女の子が出来たのも、転校で離れ離れになったのも。沢山の初めてが詰まった場所だから、故郷はいつだって懐かしくて暖かくてホッとして、少しだけほろ苦い。

 

小一時間ほど歩いたけど、結局ザリガニが釣れた池は見つけられなかった。大人になると見える景色が変わる。子供の頃には見えたり感じられた何かに大人になると鈍感になるんだと思う。きっと、大人になってしまった私にはもうザリガニが釣れる池は見つけられないんだろう。

 

冒頭で申し上げた通り、有秋台は誰かに紹介できるような特別なものなんて何もないような所だ。今あるのは社宅と駄菓子屋と、短くて緩やかな坂道とこじんまりとした公園。あとザリガニが釣れる池が何処かにあるかもしれないって位かな。

 

それでも私にとっては思い出深い、たった1つの変わらない故郷なんだ。今日はそんなお話でした。